【教 務 部】特化型の罠
2025年12月16日
こんにちは。教務の重松です。
本日は勉強における「特化型」の話です。ここ数年で何名か該当する生徒を見かけたので陥りがちな危険な傾向として注意してください。男子の理数系が多い印象ですが、性別を問わず他科目でも生じうることです。
ここでいう「特化型」とは
- ある特定の科目は得意で努力も惜しまない
- それ以外の科目が平均以下or得意科目に比べて極端に低い
- できない科目について「やる意味ない」「得意科目ができていればオッケー」と許してしまっている。
といった特徴を持つタイプです。
実力を伸ばしている途中経過であればまずは得意科目で自信をつけるという点で1つめと2つめの状態は悪いことではありません。そもそも1つめだけであれば非常に良いことです。問題は3つめで、その状態を肯定してしまうと難関校には合格できません。何をもって難関校とするかは相対的な問題で現在の自分の立ち位置によって決まりますが、「上」には行けないということです。逆に言えば突き抜けた理数の才能を持ち東京大学の数学、理科でほぼ満点がとれるということであれば特化型であっても何も問題はないということになりますが、そのような人はほとんどいません。多くの人にとっては潜在的に持っている上に行ける可能性をつぶしてしまうことになります。
この型の問題点は大きく2つ挙げられます。客観面と主観面です。
客観面で言えることは、合理性を欠き、効率の悪い勉強になるということです。塾の先生の間では有名でセオリーになっているようなことですが、例えば「70点を90点に上げるより、50点を70点に上げる方が楽だよ」「偏差値を50から60に上げるのと60から70に上げるのは大変さが違う」といった話は聞いたことがある人も多いのではないでしょうか。勉強は単純な比例関係にはならず、2倍勉強したから2倍できるようになるということはありません。高いレベルになるほど得点効率は落ちていきます。
特化型は効率の悪いところでがんばり、効率の良いところでがんばらない最低効率の勉強スタイルになります。このように説明すること自体は簡単で少し考えればわかることですが、この客観面だけで特化型を説得することは困難です。より厄介なのは主観面です。
主観面での問題は「得意であること」が健全な自信を通り越してプライドやナルシシズム、アイデンティティと結びついてしまうことです。ライバルを想定して「あいつには総合点で負けているけど、得意科目では勝っているから大丈夫」と自分を慰めようとする心理状態です。どの科目も満遍なく得点できるタイプは努力家タイプが多いので、そのようなタイプと対比して「自分は努力家ではない天才タイプ」と錯覚し始めると重症です。できない科目があるという欠点が「尖った才能を持っている」という美点に見えてきてしまいますので、改善の契機が失われることになります。真のトップ層は自分が凡人であることを厳しくつきつけられながら日々努力を積み重ねています。私の経験上の感覚では、1科目突き抜けた偏差値をとることは実はそれほど難しくなく、全科目それなりの高偏差値をそろえることの方が2倍くらい難しいです。そのような厳しい戦いには参加したくない、弱いところは直視したくない、でも得意科目だけはトップ層と張り合えるというプライドは維持したいというのは一言でいうと「幼稚」なメンタリティです。難関校はそのような幼稚さを必ずはじいてきます。本当に合格したいのであれば謙虚に総合点を上げることに向き合うしかありません。
特化型の「罠」というのはこのように弱い心につけこんでくる悪魔のささやきです。生徒の皆さんは甘い誘惑にのらず強い心を持つようにして下さい。

